下川研究室

研究紹介

私の研究テーマは、「食」をとりまく社会的問題の要因と解決策を実証的に解き明かすことです。特に、行動・心理・実験経済学の視点から現地調査や実験などをおこない、食料消費行動をとりまく問題とその解決策について実証的に分析しています。

たとえば、食料不足や飢餓の問題を解決するためには、農業生産技術の向上といった技術的問題だけでなく、食料分配や食生活の改善といった社会制度や消費行動の問題も重要になってきます。また、食料不足を解消しようとして、肥満の増加や自然環境の破壊といった別の問題が誘発されることもよくあります。

これら関連した諸問題への多面的な対策として「健康的で持続可能な食生活」に注目しています。食料消費行動における所得、価格そして情報の役割について研究することで、そのような食生活をより多くの人々に実践してもらえる社会的仕組みを解明・提案することを目指しています。

  • 最近の研究テーマ

    ・コオロギ養殖を活用した貧困削減の可能性
    ・食とエネルギーのより持続可能な需給体制
    ・健康土壌と循環型農業に対する社会的受容性と普及方策

これまでの主な研究テーマ

栄養摂取面からみた
貧困と不平等の分析

所得ではなく栄養摂取面から貧困や不平等をとらえることで、所得を正確に把握しにくい途上国の農村部や個人レベルの生活の質を分析することができます。

たとえば、私の研究では「中国の世帯内食料分配における男児選好」について分析しました。この研究のキモは、損失回避性の枠組みを使うことで、所得減少時にのみ食料分配の男児選好がみられ、所得増加時には埋め合わせ的な女児選好がみられることを明らかにした点です。これにより、経済成長が続く限り食料分配の男児選好は表面化しませんが、経済状況が悪化する時には女児への援助が必要になる可能性が示されました。

また、別の研究では「穀物価格補助金が貧困層の食生活に与える影響」について検証しました。この研究のキモは、習慣形成の枠組みを使うことで、補助金の導入は食生活に不可逆な影響を与え、補助金を廃止することで導入前よりも不健康な食生活になる可能性を明らかにした点です。つまり、穀物価格補助金の一時的な導入は、廃止後に貧困層の栄養状態を導入前よりも悪化させる可能性があり、安定的な補助金の重要性が示唆されました。

肥満対策における
情報と知識の役割

世界的な肥満の増加は大きな社会問題となっています。その対策としてもっとも広く実施され、他の対策の礎にもなっているのが教育と情報提供です。

たとえば、私の研究では「健康的な食生活に関する知識が肥満の人の食生活に与える影響」を分析しました。この研究のキモは、そのような知識が肥満対策として効果を発揮するのは食料入手可能性が増える時だけで、食料入手可能性が減る時には効果が小さいことを明らかにした点です。これにより、食育は所得上昇や食料価格低下の時に肥満対策としてより効果的になる可能性が示唆されました。

また、別の研究では「カロリー表示が菓子類の選択に与える影響」を分析しました。この研究のキモは、カロリー表示の効果は「表示を見る前の消費者の思い込み」次第で異なり、必ずしもカロリー摂取量を減少させないことを明らかにした点です。一方で、1日に必要なカロリー摂取量を周知することで思い込みが軽減され、カロリー表示がより効果的になる可能性が示唆されました。

「食」による環境負荷を
削減するための方策

食品による環境負荷の大きさは、見た目からはほとんど判別できません。そのため、食育や食品ラベルなどによる情報提供が重要になってきます。

たとえば、私の研究では「中国における有機食品の需要」について調査しました。化学肥料や農薬の大量使用は環境汚染の要因となっており、有機栽培や特別栽培の普及と需要を拡大する必要性が高まっています。この研究のキモは、有機食品の需要における都市・農村格差の要因は、所得格差よりも食品ラベル知識の差である可能性を明らかにした点です。これにより、経済成長による所得上昇だけでは有機食品の需要は十分に増えず、食育なども合わせて実施することの重要性が示唆されました。

また、別の研究では「食生活指針の推進が健康と環境に与える相互的影響」について分析しました。この研究のキモは、現在の食生活を食生活指針に沿ってより健康的なものにすることで、食による環境負荷も削減できることを明らかにした点です。加えて、穀物と果物の価格を下げることで、果物消費の増加と食肉消費の減少を促し、全体としてより健康的で環境負荷の小さい食生活を実現できる可能性が示唆されました。