持続可能な風評対策と放射性物質検査体制に関する実証的研究ー行動経済学による接近研究期間:2019年4月―2022年3月
本プロジェクトの目的は、風評被害に関する新たな視点として「当初に誤解や偏見がなくても風評被害は発生しうる可能性」を実証的に検証することです。ここでの風評被害とは「人や社会の事実とは異なる認識によって引き起こされる経済的損失」と考えます。特に、福島県産農産物に注目し、このような可能性を考慮に入れた上で、福島県全体にとって最適な風評対策について考察します。
より具体的には、限定合理性の一つの「認識の慣性(Inertia)」および帰納的ゲーム理論の枠組みの「事後的合理化」に注目します。そして、たとえ当初は福島県産農産物に対する誤解や偏見がなかった人でも、「時間の経過とともに風評被害を引き起こす可能性」や「周囲に流されてとった行動から、事後的に福島県産農産物への偏見をもつ可能性」を検証します(図1)。
風評被害が発生する原因はさまざまですが、先行研究では「消費者の誤解や偏見」および「それらを助長するような環境」(報道、流通業者、政府の信頼性など)が強調されてきました。そして、従来の経済学的枠組みに基づくと、情報提供によって「消費者の誤解や偏見」を修正すれば消費者の行動が変わると予想されてきました。しかし、このような枠組みだけでは福島県産農産物に対する風評被害を十分に説明できないことがわかってきています。たとえば、上述のように「消費者の誤解や偏見」がなくても風評被害が発生する場合、情報提供だけでは風評被害を十分に防ぐことはできません。
実際、福島県で実施されている「米の放射性物質に関する全量全袋検査」に対して、費用に見合うほどの効果があるのか疑問視する声が出てきています(註:令和2年度米より一部地域で抽出検査が導入されました)。特に、原発事故の影響が小さかった地域では疑問の声が大きくなっています。というのも、たとえ約60億円かけて年間生産される約1000万袋(1袋30㎏)全てを検査しても、単価の高い家庭向けとして売れるのは約3割にとどまり、約7割は県外へ業務用として安く売られているからです。また、2015年以降、福島県内で作られた米で国の安全基準(1キロあたり100ベクレル)を超えるものは出ておらず、改善の余地も小さいからです(「ふくしまの恵み安全対策協議会」参照)。一方で、全袋検査を抽出検査に変えることで費用を約4分の1に削減でき、余った予算を別の対策(PR事業や生産技術開発など)に使うほうが、県全体にとってはより有益かもしれません。
そのため本プロジェクトでは、現在の福島県産農産物に対する風評被害の要因を明らかにした上で、上記のような代替案も含めた最適な風評対策について検証していきます。本プロジェクトの主な貢献は以下の三点です。第一に、風評被害の新たな視点として、より根本的な人間の性質(「認識の慣性」と「事後的合理化」)に焦点を当てることで、「消費者の誤解や偏見」がない状態からでも風評被害が発生しうる可能性を検証する点です。第二に、全袋検査と抽出検査を明示的に区別し、それぞれの検査ラベルが消費者の支払い意思額に与える影響を分析する点です。第三に、消費者の視点だけでなく、生産者と行政の視点も考慮に入れ、福島県全体の持続的な復興にとって最適な放射性物質検査と情報提供の体制を検証する点です。
研究成果
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Inertia in Consumer Beliefs on Agricultural Products after the Fukushima Nuclear Disaster
Satoru Shimokawa
Institutional Study and Implications to Inductive Game Theory @ Waseda University
May 23, 2019
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Risk attitude and consumer demand for Fukushima rice: a pilot survey in Namie, Fukushima
Satoru Shimokawa
23rd Experimental Social Science Conference
Nov 30-Dec 1, 2019